し》、その者の為《た》めに感情を支配せられて、寐《ね》ても寤《さ》めても忘らればこそ、死ぬより辛《つら》いおもいをしていても、先では毫《すこ》しも汲んでくれない。寧ろ強顔《つれ》なくされたならば、また思い切りようも有ろうけれども……」
 ト些し声をかすませて、
「なまじい力におもうの親友だのといわれて見れば私は……どうも……どう有ッても思い……」
「アラ月が……まるで竹の中から出るようですよ、ちょっと御覧なさいヨ」
 庭の一隅《いちぐう》に栽込《うえこ》んだ十竿《ともと》ばかりの繊竹《なよたけ》の、葉を分けて出る月のすずしさ。月夜見の神の力の測りなくて、断雲一片の翳《かげ》だもない、蒼空《あおぞら》一面にてりわたる清光素色、唯|亭々皎々《ていていきょうきょう》として雫《しずく》も滴《した》たるばかり。初は隣家の隔ての竹垣に遮《さえぎ》られて庭を半《なかば》より這初《はいはじ》め、中頃は縁側へ上《のぼ》ッて座舗《ざしき》へ這込み、稗蒔《ひえまき》の水に流れては金瀲※[#「さんずい+艶」、第4水準2−79−53]《きんれんえん》、簷馬《ふうりん》の玻璃《はり》に透《とお》りては玉《ぎょく》
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