らかた》出来たと拵《こし》らえて、退塾して宿所へ帰ッたは今年の春の暮、桜の花の散る頃の事で。
既に記した如く、文三の出京した頃はお勢はまだ十二の蕾、幅の狭《せば》い帯を締めて姉様《あねさま》を荷|厄介《やっかい》にしていたなれど、こましゃくれた心から、「あの人はお前の御亭主さんに貰《もら》ッたのだヨ」ト坐興に言ッた言葉の露を実《まこと》と汲《くん》だか、初の内ははにかんでばかりいたが、小供の馴《なじ》むは早いもので、間もなく菓子|一《ひとつ》を二ツに割ッて喰べる程|睦《むつ》み合ッたも今は一昔。文三が某校へ入舎してからは相逢《あいあ》う事すら稀《まれ》なれば、況《まし》て一《ひとつ》に居た事は半日もなし。唯今年の冬期休暇にお勢が帰宅した時|而已《のみ》、十日ばかりも朝夕顔を見合わしていたなれど、小供の時とは違い、年頃が年頃だけに文三もよろずに遠慮勝でよそよそしく待遇《もてな》して、更に打解けて物など言ッた事なし。その癖お勢が帰塾した当坐両三日は、百年の相識に別れた如く何《なに》となく心|淋《さび》しかッたが……それも日数《ひかず》を経《ふ》る随《まま》に忘れてしまッたのに、今また思い
前へ
次へ
全294ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング