飲込みも早く、学問、遊芸、両《ふたつ》ながら出来のよいように思われるから、母親は眼も口も一ツにして大驩《おおよろこ》び、尋ねぬ人にまで風聴《ふいちょう》する娘自慢の手前|味噌《みそ》、切《しき》りに涎《よだれ》を垂らしていた。その頃|新《あらた》に隣家へ引移ッて参ッた官員は家内四人|活計《ぐらし》で、細君もあれば娘もある。隣ずからの寒暄《かんけん》の挨拶が喰付きで、親々が心安く成るにつれ娘同志も親しくなり、毎日のように訪《とい》つ訪《とわ》れつした。隣家の娘というはお勢よりは二ツ三ツ年層《としかさ》で、優しく温藉《しとやか》で、父親が儒者のなれの果だけ有ッて、小供ながらも学問が好《すき》こそ物の上手で出来る。いけ年を仕《つかまつっ》てもとかく人|真似《まね》は輟《や》められぬもの、況《まし》てや小供という中《うち》にもお勢は根生《ねおい》の軽躁者《おいそれもの》なれば尚更《なおさら》、※[#「倏」の「犬」に代えて「火」、第4水準2−1−57]忽《たちまち》その娘に薫陶《かぶ》れて、起居挙動《たちいふるまい》から物の言いざままでそれに似せ、急に三味線《しゃみせん》を擲却《ほうりだ》して、
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