さい」
「何ですと」
ト云った時にはモウ文三は部屋には居なかった。
「畜生……馬鹿……口なんぞ聞いてくれなくッたッて些《ちッ》とも困りゃしないぞ……馬鹿……」
ト跡でお勢が敵手《あいて》も無いに独りで熱気《やッき》となって悪口《あっこう》を並べ立てているところへ、何時の間に帰宅したかフと母親が這入って来た。
「どうしたんだえ」
「畜生……」
「どうしたんだと云えば」
「文三と喧嘩《けんか》したんだよ……文三の畜生と……」
「どうして」
「先刻《さっき》突然《いきなり》這入ッて来て、今朝|慈母《おッか》さんがこうこう言ッたがどうしようと相談するから、それから昨夜《ゆうべ》慈母さんが言た通りに……」
「コレサ、静かにお言い」
「慈母さんの言た通りに云て勧めたら腹を立てやアがッて、人の事をいろんな事を云ッて」
ト手短かに勿論自分に不利な所はしッかい取除いて次第を咄《はな》して、
「慈母さん、私ア口惜《くや》しくッて口惜しくッてならないよ」
ト云ッて襦袢《じゅばん》の袖口《そでぐち》で泪《なみだ》を拭《ふ》いた。
「フウそうかえ、そんな事を云ッたかえ。それじゃもうそれまでの事だ。あんな
前へ
次へ
全294ページ中220ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング