第十二回 いすかの嘴《はし》
文三が二階を降りて、ソットお勢の部屋の障子を開けるその途端《とたん》に、今まで机に頼杖《ほおづえ》をついて何事か物思いをしていたお勢が、吃驚《びっくり》した面相《かおつき》をして些《すこ》し飛上ッて居住居《いずまい》を直おした。顔に手の痕《あと》の赤く残ッている所を観ると、久しく頬杖をついていたものと見える。
「お邪魔じゃ有りませんか」
「イイエ」
「それじゃア」
ト云いながら文三は部屋へ這入《はい》ッて坐に着いて
「昨夜《さくや》は大《おおき》に失敬しました」
「私《わたくし》こそ」
「実に面目が無い、貴嬢《あなた》の前をも憚《はばか》らずして……今朝その事で慈母《おっか》さんに小言を聞きました。アハハハハ」
「そう、オホホホ」
ト無理に押出したような笑い。何となく冷淡《つめた》い、今朝のお勢とは全で他人のようで。
「トキニ些し貴嬢に御相談が有る。他の事でも無いが、今朝慈母さんの仰《おっ》しゃるには……シカシもうお聞きなすッたか」
「イイエ」
「成程そうだ、御存知ない筈《はず》だ……慈母さんの仰しゃるには、本田がアア信切に云ッてくれるも
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