小供心にも心細くもまた悲しく、始めて浮世の塩が身に浸《し》みて、夢の覚たような心地。これからは給事なりともして、母親の手足《たそく》にはならずとも責めて我口だけはとおもう由《よし》をも母に告げて相談をしていると、捨る神あれば助《たすく》る神ありで、文三だけは東京《とうけい》に居る叔父の許《もと》へ引取られる事になり、泣《なき》の泪《なみだ》で静岡を発足《ほっそく》して叔父を便《たよ》って出京したは明治十一年、文三が十五に成た春の事とか。
叔父は園田孫兵衛《そのだまごべえ》と言いて、文三の亡父の為めには実弟に当る男、慈悲深く、憐《あわれ》ッぽく、しかも律義《りちぎ》真当《まっとう》の気質ゆえ人の望《う》けも宜いが、惜《おしい》かな些《ち》と気が弱すぎる。維新後は両刀を矢立《やたて》に替えて、朝夕|算盤《そろばん》を弾《はじ》いては見たが、慣れぬ事とて初の内は損毛《そんもう》ばかり、今日に明日《あす》にと喰込《くいこん》で、果は借金の淵《ふち》に陥《は》まり、どうしようこうしようと足掻《あが》き※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いている内、不図した事から浮み上《あがっ
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