けた子息《むすこ》同様に思ッてます。ああやッてお勢や勇という子供が有ッても、些しも陰陽《かげしなた》なくしている事がお前さんにゃア解らないかエ。今までだッてもそうだ、何卒《どうぞ》マア文さんも首尾よく立身して、早く母親《おっか》さんを此地《こっち》へお呼び申すようにして上げたいもんだと思わない事は唯の一日も有ません。そんなに思ッてるとこだものヲ、お前さんが御免にお成りだと聞いちゃア私《あたし》は愉快《いいこころもち》はしないよ、愉快《いいこころもち》はしないからアア困ッた事に成ッたと思ッて、ヤレこれからはどうして往く積だ、ヤレお前さんの身になったらさぞ母親さんに面目があるまいと、人事《しとごと》にしないで歎《なげ》いたり悔《くやん》だりして心配してるとこだから、全躰なら『叔母さんの了簡に就《つ》かなくッて、こう御免になって実《まこと》に面目が有りません』とか何とか詫言《わびこと》の一言でも言う筈のとこだけれど、それも言わないでもよし聞たくもないが、人《しと》の言事を取上げなくッて御免になりながら、糞落着に落着払ッて、出来た事なら仕様が有りませんとは何の事《こっ》たエ。マ何処を押せばそんな音《ね》が出ます……アアアアつまらない心配をした、此方ではどこまでも実の甥と思ッて心を附けたり世話を焼たりして信切を尽していても、先様じゃア屁《へ》とも思召《おぼしめ》さない」
「イヤ決してそう言う訳じゃア有りませんが、御存知の通り口不調法なので、心には存じながらツイ……」
「イイエそんな言訳は聞きません。なんでも私《あたし》を他人にしてお出でに違いない、糞老婆《くそばばあ》と思ッてお出でに違いない……此方はそんな不実な心意気の人《しと》と知らないから、文さんも何時までもああやッて一人《しとり》でもいられまいから、来年母親さんがお出でなすったら篤《とっく》り御相談申して、誰と言ッて宛《あて》もないけれども相応なのが有ッたら一人《しとり》授けたいもんだ、それにしても外人《ほかびと》と違ッて文さんがお嫁をお貰いの事たから黙ッてもいられない、何かしら祝ッて上げなくッちゃアなるまいからッて、この頃じゃア、アノ博多《はかた》の帯をくけ直おさして、コノお召|縮緬《ちりめん》の小袖《こそで》を仕立直おさして、あれをこうしてこれをこうしてと、毎日々々|勘《かんが》えてばッかいたんだ。そうしたら案外で、御免になるもいいけれども、面目ないとも思わないで、出来た事なら仕様が有りませぬと済まアしてお出でなさる……アアアアもういうまいいうまい、幾程《いくら》言ッても他人にしてお出《いで》じゃア無駄《むだ》だ」
 ト厭味文句を並べて始終肝癪の思入《おもいいれ》。暫らく有ッて、
「それもそうだが、全躰その位なら昨夕《ゆうべ》の中《うち》に、実はこれこれで御免になりましたと一言《しとこと》位言ッたッてよさそうなもんだ。お話しでないもんだから此方《こっち》はそんな事とは夢にも知らず、お弁当のお菜《かず》も毎日おんなじ物《もん》ばッかりでもお倦《あ》きだろう、アアして勉強してお勤にお出の事たからその位な事は此方で気を附けて上げなくッちゃアならないと思ッて、今日のお弁当のお菜《かず》は玉子焼にして上げようと思ッても鍋には出来ず、余儀所《よんどころ》ないから私が面倒な思いをして拵《こし》らえて附けましたアネ……アアアア偶《たま》に人《しと》が気を利《き》かせればこんな事《こ》ッた……しかし飛んだ余計なお世話でしたヨネー、誰れも頼みもしないのに……鍋」
「ハイ」
「文さんのお弁当は打開《ぶちあ》けておしまい」
 お鍋|女郎《じょろう》は襖《ふすま》の彼方《あなた》から横幅《よこはば》の広い顔を差出《さしいだ》して、「ヘー」とモッケな顔付。
「アノネ、内の文さんは昨日《きのう》御免にお成りだッサ」
「ヘーそれは」
「どうしても働のある人《しと》は、フフン違ッたもんだヨ」
 ト半《なかば》まで言切らぬ内、文三は血相を変てツと身を起し、ツカツカと座舗《ざしき》を立出でて我|子舎《へや》へ戻り、机の前にブッ座ッて歯を噛切《くいしば》ッての悔涙《くやしなみだ》、ハラハラと膝へ濫《こぼ》した。暫《しば》らく有ッて文三は、はふり落ちる涙の雨をハンカチーフで拭止《ぬぐいと》めた……がさて拭ッても取れないのは沸返える胸のムシャクシャ、熟々《つらつら》と思廻《おもいめぐ》らせば廻らすほど、悔しくも又|口惜《くちお》しくなる。免職と聞くより早くガラリと変る人の心のさもしさは、道理《もっとも》らしい愚痴の蓋《ふた》で隠蔽《かく》そうとしても看透《みす》かされる。とはいえそれは忍ぼうと思えば忍びもなろうが、面《まの》あたりに意久地なしと言わぬばかりのからみ文句、人を見括《みくび》ッた一言《いちごん》ばかりは、如
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