》に懸ッて極付《きめつ》けかけたので、文三は狼狽《あわ》てて、
「そ、そ、そればかりじゃ有りません……仮令《たとえ》今課長に依頼して復職が出来たと云ッても、とても私《わたくし》のような者は永くは続きませんから、寧《むし》ろ官員はモウ思切ろうかと思います」
「官員はモウ思切る、フン何が何だか理由《わけ》が解りゃしない。この間お前さん何とお言いだ。私がこれからどうして行く積だと聞いたら、また官員の口でも探そうかと思ッてますとお言いじゃなかッたか。それを今と成ッて、モウ官員は思切る……左様《さよう》サ、親の口は干上ッても関《かま》わないから、モウ官員はお罷《や》めなさるが宜いのサ」
「イヤ親の口が干上ッても関わないと云う訳じゃ有りませんが、シカシ官員ばかりが職業でも有りませんから、教師に成ッても親一人位は養えますから……」
「だから誰もそうはならないとは申しませんよ。そりゃお前さんの勝手だから、教師になと車夫《くるまひき》になと何になとお成《なん》なさるが宜いのサ」
「デスガそう御立腹なすッちゃ私《わたくし》も実に……」
「誰が腹を立《たっ》てると云いました。ナニお前さんがどうしようと此方《こっち》に関繋《くいあい》の無い事だから誰も腹も背も立ちゃしないけれども、唯本田さんがアアやッて信切に言ッておくンなさるもんだから、周旋《とりもっ》て貰《もら》ッて課長さんに取入ッて置きゃア、仮令《よし》んば今度の復職とやらは出来ないでも、また先へよって何ぞれ角《か》ぞれお世話アして下さるまいものでも無いトネー、そうすりゃ、お前さんばかしか慈母《おっか》さんも御安心なさる事《こっ》たシ、それに……何だから『三方四方』円く納まる事《こっ》たから(この時文三はフット顔を振揚げて、不思議そうに叔母を凝視《みつ》めた)ト思ッて、チョイとお聞き申したばかしさ。けれども、ナニお前さんがそうした了簡方《りょうけんかた》ならそれまでの事サ」
 両人共|暫《しば》らく無言。
「鍋」
「ハイ」
 トお鍋が襖《ふすま》を開けて顔のみを出した。見れば口をモゴ付かせている。
「まだ御膳《ごぜん》を仕舞わないのかえ」
「ハイ、まだ」
「それじゃ仕舞ッてからで宜《い》いからネ、何時《いつ》もの車屋へ往ッて一人乗|一挺《いっちょう》誂《あつ》らえて来ておくれ、浜町《はまちょう》まで上下《じょうげ》」
「ハイ、それでは只今《ただいま》直《じき》に」
 ト云ッてお鍋が襖を閉切《たてき》るを待兼ねていた文三が、また改めて叔母に向って、
「段々と承ッて見ますと、叔母さんの仰《おっ》しゃる事は一々|御尤《ごもっとも》のようでも有るシ、かつ私《わたくし》一個《ひとり》の強情から、母親《おふくろ》は勿論《もちろん》叔母さんにまで種々《いろいろ》御心配を懸けまして甚《はなは》だ恐入りますから、今一応|篤《とく》と考えて見まして」
「今一応も二応も無いじゃ有りませんか、お前さんがモウ官員にゃならないと決めてお出でなさるんだから」
「そ、それはそうですが、シカシ……事に寄ッたら……思い直おすかも知れませんから……」
 お政は冷笑しながら、
「そんならマア考えて御覧なさい。だがナニモ何ですよ、お前さんが官員に成ッておくんなさらなきゃア私どもが立往かないと云うんじゃ無いから、無理に何ですよ、勧めはしませんよ」
「ハイ」
「それから序《ついで》だから言ッときますがネ、聞けば昨夕《ゆうべ》本田さんと何だか入組みなすったそうだけれども、そんな事が有ッちゃ誠に迷惑しますネ。本田さんはお前さんのお朋友《ともだち》とは云いじょう、今じゃア家《うち》のお客も同前の方だから」
「ハイ」
 トは云ッたが、文三実は叔母が何を言ッたのだかよくは解らなかッた、些《すこ》し考え事が有るので。
「そりゃアア云う胸の広《しろ》い方だから、そんな事が有ッたと云ッてそれを根葉に有《も》ッて周旋《とりもち》をしないとはお言いなさりゃすまいけれども、全体なら……マアそれは今言ッても無駄《むだ》だ、お前さんが腹を極《き》めてからの事にしよう」
 ト自家|撲滅《ぼくめつ》、文三はフト首を振揚げて、
「ハイ」
「イエネ、またの事にしましょう、と云う事サ」
「ハイ」
 何だかトンチンカンで。
 叔母に一礼して文三が起上ッて、そこそこに部屋へ戻ッて、室《しつ》の中央に突立《つった》ッたままで坐りもせず、良《やや》暫くの間と云うものは造付《つくりつ》けの木偶《にんぎょう》の如くに黙然としていたが、やがて溜息《ためいき》と共に、
「どうしたものだろう」
 ト云ッて、宛然《さながら》雪|達磨《だるま》が日の眼に逢《あ》ッて解けるように、グズグズと崩れながらに坐に着いた。
 何故《なぜ》「どうしたものだろう」かとその理由《ことわけ》を繹《たず》ねて見ると、
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