》にお成んなさる」
「同類《ぐる》にも何にも成りゃアしないが、真実《ほんとう》に」
「そう」
ト談話《はなし》の内に茶を入れ、地袋の菓子を取出して昇に侑《すす》め、またお鍋を以《もっ》てお勢を召《よ》ばせる。何時《いつ》もならば文三にもと言うところを今日は八|分《ぶ》したゆえ、お鍋が不審に思い、「お二階へは」ト尋ねると、「ナニ茶がカッ食《くら》いたきゃア……言《いわ》ないでも宜《いい》ヨ」ト答えた。これを名《なづ》けて Woman's《ウーマンス》 revenge《レヴェンジ》(婦人の復讐《ふくしゅう》)という。
「どうしたんです、鬩《いじ》り合いでもしたのかネ」
「鬩合《いじりあ》いなら宜がいじめられたの、文三にいじめられたの……」
「それはまたどうした理由《わけ》で」
「マア本田さん、聞ておくんなさい、こうなんですヨ」
ト昨日《きのう》文三にいじめられた事を、おまけにおまけを附着《つけ》てベチャクチャと饒舌《しゃべ》り出しては止度《とめど》なく、滔々蕩々《とうとうとうとう》として勢い百川《ひゃくせん》の一時に決した如くで、言損じがなければ委《たる》みもなく、多年の揣摩《ずいま》一時の宏弁《こうべん》、自然に備わる抑揚|頓挫《とんざ》、或《あるい》は開き或は闔《と》じて縦横自在に言廻わせば、鷺《さぎ》も烏《からす》に成らずには置かぬ。哀《あわれ》むべし文三は竟《つい》に世にも怖《おそ》ろしい悪棍《わるもの》と成り切ッた所へ、お勢は手に一部の女学雑誌を把持《も》ち、立《たち》ながら読み読み坐舗《ざしき》へ這入て来て、チョイト昇に一礼したのみで嫣然《にっこり》ともせず、饒舌《しゃべり》ながら母親が汲《くん》で出す茶碗《ちゃわん》を憚《はばか》りとも言わずに受取りて、一口飲で下へ差措《さしおい》たまま、済まアし切ッて再《また》復《ふたた》び読みさした雑誌を取り上げて眺《なが》め詰めた、昇と同席の時は何時でもこうで。
「トいう訳でツイそれなり鳧《けり》にしてしまいましたがネ、マア本田さん、貴君《あなた》は何方《どっち》が理屈だとお思なさる」
「それは勿論内海が悪い」
「そのまた悪《わり》い文三の肩を持ッてサ、私《あたし》に喰ッて懸ッた者があると思召《おぼしめ》せ」
「アラ喰ッて懸りはしませんワ」
「喰ッて懸らなくッてサ……私はもうもう腹が立て腹が立て堪《たま》らなかッ
前へ
次へ
全147ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング