いネー、マア御免になってサ。ほんとに仕様がないネー」
ト落胆した容子《ようす》。須臾《しばらく》あッて、
「マアそれはそうと、これからはどうして往《い》く積《つもり》だエ」
「どうも仕様が有りませんから、母親《おふくろ》にはもう些《すこ》し国に居て貰《もら》ッて、私はまた官員の口でも探そうかと思います」
「官員の口てッたッてチョックラチョイと有りゃアよし、無かろうもんならまた何時《いつう》かのような憂《つら》い思いをしなくッちゃアならないやアネ……だから私《あたし》が言わない事《こっ》ちゃアないんだ、些《ち》イと課長さんの所《とこ》へも御機嫌《ごきげん》伺いにお出でお出でと口の酸ぱくなるほど言ッても強情張ッてお出ででなかッたもんだから、それでこんな事になったんだヨ」
「まさかそういう訳でもありますまいが……」
「イイエ必《きっ》とそうに違いないヨ。デなくッて成程《なんぼ》人減《しとへ》らしだッて罪も咎《とが》もない者をそう無暗《むやみ》に御免になさる筈がないやアネ……それとも何か御免になっても仕様がないようなわりい事をした覚えがお有りか」
「イエ何にも悪い事をした覚えは有りませんが……」
「ソレ御覧なネ」
両人とも暫らく無言。
「アノ本田さんは([#ここから割り注]この男の事は第六回にくわしく[#ここで割り注終わり])どうだッたエ」
「かの男はよう御座んした」
「オヤ善かッたかい、そうかい、運の善方《いいかた》は何方《どっち》へ廻ッても善《いい》んだネー。それというが全躰《ぜんたい》あの方は如才がなくッて発明で、ハキハキしてお出でなさるからだヨ。それに聞けば課長さんの所《とこ》へも常不断《じょうふだん》御機嫌伺いにお出でなさるという事《こっ》たから、必《きっ》とそれで此度《こんど》も善かッたのに違いないヨ。だからお前さんも私の言事《いうこと》を聴いて、課長さんに取り入ッて置きゃア今度もやっぱり善かッたのかも知れないけれども、人の言事をお聴きでなかッたもんだからそれでこんな事になっちまッたんだ」
「それはそうかも知れませんが、しかし幾程《いくら》免職になるのが恐《こわ》いと言ッて、私にはそんな鄙劣《ひれつ》な事は……」
「出来ないとお言いのか……フン※[#「やまいだれ+瞿」、第3水準1−88−62]我慢《やせがまん》をお言いでない、そんな了簡方だから課長さんにも睨
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