苦労なもんだろう。だからお勢みたようなこんな親不孝な者《もん》でもそう何時までもお懐中《ぽっぽ》で遊《あす》ばせても置《おけ》ないと思うと私は苦労で苦労でならないから、此間《こないだ》も私《あたし》がネ、『お前ももう押付《おっつけ》お嫁に往かなくッちゃアならないんだから、ソノーなんだとネー、何時までもそんなに小供の様な心持でいちゃアなりませんと、それも母親さんのようにこんな気楽な家へお嫁に往かれりゃアともかくもネー、若《も》しヒョッと先に姑《しゅうとめ》でもある所《とこ》へ往《いく》んで御覧、なかなかこんなに我儘《わがまま》気儘をしちゃアいられないから、今の内に些《ちっ》と覚悟をして置かなくッちゃアなりませんヨ』と私が先へ寄ッて苦労させるのが可憐《かわい》そうだから為をおもって言ッて遣りゃアネ文さん、マア聞ておくれ、こうだ。『ハイ私《わたくし》にゃア私の了簡が有ります、ハイ、お嫁に往こうと往くまいと私の勝手で御座います』というんだヨ、それからネ私が『オヤそれじゃアお前はお嫁に往かない気かエ』と聞たらネ、『ハイ私は生一本《きいっぽん》で通します』ッて……マア呆《あき》れかえるじゃアないかネー文さん、何処の国にお前、尼じゃアあるまいし、亭主《ていし》持たずに一生暮すもんが有る者《もん》かネ」
これは万更《まんざら》形のないお噺《はなし》でもない。四五日|前《ぜん》何かの小言序《こごとついで》にお政が尖《とが》り声で「ほんとにサ戯談《じょうだん》じゃアない、何歳《いくつ》になるとお思いだ、十八じゃアないか。十八にも成ッてサ、好頃《いいころ》嫁にでも往こうという身でいながら、なんぼなんだッて余《あんま》り勘弁がなさすぎらア。アアアア早く嫁にでも遣りたい、嫁に往ッて小喧《こやかま》しい姑でも持ッたら、些たア親の難有味《ありがたみ》が解るだろう」
ト言ッたのが原因《もと》で些《ちと》ばかりいじり合をした事が有ッたが、お政の言ッたのは全くその作替《つくりかえ》で、
「トいうが畢竟《つま》るとこ、これが奥だからの事《こつ》サ。私共がこの位の時分にゃア、チョイとお洒落《しゃらく》をしてサ、小色《こいろ》の一ツも※[#「てへん+爭」、第4水準2−13−24]了《かせい》だもんだけれども……」
「また猥褻《わいせつ》」
トお勢は顔を皺《しか》める。
「オホオホオホほんとにサ、仲々|
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