いくら》母親《おっか》さんの機に入ッたからッて肝腎のお前さんの機に入らなきゃア不熟の基《もと》だ。しかしよくお話しだッた。実はネお前さんのお嫁の事に就《つい》ちゃア些《ち》イと良人《うち》でも考えてる事があるんだから、これから先き母親さんがどんな事を言ッておよこしでも、チョイと私に耳打してから返事を出すようにしておくんなさいヨ。いずれ良人《うち》でお話し申すだろうが、些イと考えてる事があるんだから……それはそうと母親さんの貰いたいとお言いのはどんなお子だか、チョイとその写真をお見せナ」といわれて文三はさもきまりの悪るそうに、「エ写真ですか、写真は……私の所には有りません、先刻《さっき》アノ何が……お勢さんが何です……持ッて往ッておしまいなすった……」
 トいう光景《ありさま》で、母親も叔父夫婦の者も宛《あて》とする所は思い思いながら一様に今年の晩《く》れるを待詫《まちわ》びている矢端《やさき》、誰れの望みも彼れの望みも一ツにからげて背負ッて立つ文三が(話を第一回に戻して)今日思懸けなくも……諭旨免職となった。さても星※[#「((危−厄)/(帚−冖−巾)+攵)/れんが」、第4水準2−79−86]《まわりあわせ》というものは是非のないもの、トサ昔気質《むかしかたぎ》の人ならば言うところでも有ろうか。

     第四回 言うに言われぬ胸の中《うち》

 さてその日も漸《ようや》く暮れるに間もない五時頃に成っても、叔母もお勢も更に帰宅する光景《ようす》も見えず、何時《いつ》まで待っても果てしのない事ゆえ、文三は独り夜食を済まして、二階の縁端《えんさき》に端居《はしい》しながら、身を丁字《ていじ》欄干に寄せかけて暮行く空を眺《なが》めている。この時日は既に万家《ばんか》の棟《むね》に没しても、尚《な》お余残《なごり》の影を留《とど》めて、西の半天を薄紅梅に染《そめ》た。顧みて東方《とうぼう》の半天を眺むれば、淡々《あっさり》とあがった水色、諦視《ながめつめ》たら宵星《よいぼし》の一つ二つは鑿《ほじ》り出せそうな空合《そらあい》。幽《かす》かに聞える伝通院《でんずういん》の暮鐘《ぼしょう》の音《ね》に誘われて、塒《ねぐら》へ急ぐ夕鴉《ゆうがらす》の声が、彼処此処《あちこち》に聞えて喧《やか》ましい。既にして日はパッタリ暮れる、四辺《あたり》はほの暗くなる。仰向《あおむい》て瞻
前へ 次へ
全147ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
二葉亭 四迷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング