ヌ》にさえ迷惑《まごつい》てるんだ。なんぼ何だッて愛想《あいそ》が尽きらア」
「だけれども本田さんは学問は出来ないようだワ」
「フム学問々々とお言いだけれども、立身出世すればこそ学問だ。居所《いど》立所《たちど》に迷惑《まごつ》くようじゃア、些《ちっ》とばかし書物《ほん》が読めたッてねっから難有味《ありがたみ》がない」
「それは不運だから仕様がないワ」
 トいう娘の顔をお政は熟々《しけじけ》目守《みつ》めて、
「お勢、真個《ほんと》にお前は文三と何にも約束した覚えはないかえ。エ、有るなら有ると言ておしまい、隠立《かくしだて》をすると却《かえっ》てお前の為にならないヨ」
「またあんな事を言ッて……昨日《きのう》あれ程そんな覚えは無いと言ッたのが母親《おっか》さんには未だ解らないの、エ、まだ解らないの」
「チョッ、また始まッた。覚えが無いなら無いで好やアネ、何にもそんなに熱くならなくッたッて」
「だッて人をお疑《うたぐ》りだものヲ」
 暫らく談話《はなし》が断絶《とぎ》れる、母親も娘も何か思案顔。
「母親《おっか》さん、明後日《あさって》は何を衣《き》て行こうネ」
「何なりとも」
「エート、下着は何時《いつ》ものアレにしてト、それから上着は何衣《どれ》にしようかしら、やッぱり何時もの黄八丈《きはちじょう》にして置こうかしら……」
「もう一ツのお召|縮緬《ちりめん》の方にお為《し》ヨ、彼方《あのほう》がお前にゃア似合うヨ」
「デモあれは品が悪いものヲ」
「品《しん》が悪《わり》いてッたッて」
「アアこんな時にア洋服が有ると好のだけれどもナ……」
「働き者《もん》を亭主《ていし》に持ッて、洋服なとなんなと拵《こせ》えて貰うのサ」
 トいう母親の顔をお勢はジット目守《みつ》めて不審顔。
[#改丁]

   第二編

     第七回 団子坂《だんござか》の観菊《きくみ》 上

 日曜日は近頃に無い天下晴れ、風も穏かで塵《ちり》も起《た》たず、暦を繰《くっ》て見れば、旧暦で菊月初旬《きくづきはじめ》という十一月二日の事ゆえ、物観遊山《ものみゆさん》には持《もっ》て来いと云う日和《ひより》。
 園田|一家《いっけ》の者は朝から観菊行《きくみゆき》の支度《したく》とりどり。晴衣《はれぎ》の亘長《ゆきたけ》を気にしてのお勢のじれこみがお政の肝癪《かんしゃく》と成て、廻りの髪結の来よう
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