話をしましたと、云ふ。
私の目についただけでも、妻は私の帰宅を余り喜んでゐなかつた。私が帰つても妻には別にどうといふこともないやうな風であつた。思ひもかけなかつた事である。母は私の帰宅を大層喜んだ。母と妻との違ひが余計私を驚かした。
私の留守中に、私と妻とに対するOの態度は著しく変つてゐた。私には冷淡に、妻にはますます忸れ忸れしくなつてゐる。一度も自分では云ひ出さないが、妻は大層客の気に入つてゐるに相違ない。
○
以前、Oが来るまでは、妻は毎晩書斎で私の傍に坐つて仕事の邪魔をした。Oが来てからは、Oが家にゐないと終始Oのことばかり云つてゐるし、家にゐるとわざ/\何度もお茶を持つて行つてはいつまでも話をしてゐる。一方私に対しては冷たくなるばかりだ。上総から帰つてからは殊にひどい。
妻は私には目に見えて冷淡になり、Oには目に見えて忸れ忸れしくなつた。……上総から帰つてから私はそれに気が附いた。
私が度々本を投げ出すのは、妻の冷淡な態度が癪に触るからだ。
二十五日? 二十三日?
妻は一時間半以上もOの傍に坐つてゐた。(十時半から十二時十五分まで。)
妻が私の方に来た時、私はわざと眠つてゐるふりをした。
妻は蚊帳を吊らうとした。
蚊帳の縁が私の顔に触れた。私は目を覚ますふりをした。
妻は私に一言も云はず、すぐこつちに背を向けて寝た。私も黙つてゐた。妻は寝入つたらしいが、私は寝られなかつた。朝まで眼を閉ぢなかつた。
○
七月二日
二十七日? の夜、私は妻に云つた。確かにお前はOが好きだしOはお前が好きだ、お前の似合の亭主は俺でなくてOだ、俺のところへ来たのはお前の間違ひだつた、俺も同様だ。すると妻はただそんなことはもう仰有らないで、元通りに『仲好く』〔日本語〕暮しませう、と云ふばかりだつた。
そのくせ妻は相変らずOの側にいつまでも坐つてゐる。私が二人の関係に就いて云つた事を妻は認めておきながらこの有様だ。
二人で私を玄関まで送る時には、私の胸が緊めつけられる。Oは正面に突つ立つてゐる。妻はその足許に膝を突いてゐる。さうして二人は一緒に私にお辞儀する。おまけに私は、『二日も経てば仕事が片附く。あつちへもやつていらつしやい。』などと無理にも云はなければならない。
二人の様子を見てゐると、何だかこつちが客で向ふが
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