く間に物のあいろも見えなくなり、樺の木立ちも、降り積ッたままでまだ日の眼に逢わぬ雪のように、白くおぼろに霞《かす》む――と小雨が忍びやかに、怪し気に、私語するようにパラパラと降ッて通ッた。樺の木の葉はいちじるしく光沢は褪《さ》めていてもさすがになお青かッた、がただそちこちに立つ稚木《わかぎ》のみはすべて赤くも黄ろくも色づいて、おりおり日の光りが今ま雨に濡れたばかりの細枝の繁味《しげみ》を漏《も》れて滑りながらに脱けてくるのをあびては、キラキラときらめいていた。鳥は一ト声も音を聞かせず、皆どこにか隠れて窃《ひそ》まりかえッていたが、ただおりふしに人をさみした白頭翁《しじゅうがら》の声のみが、故鈴《ふるすず》でも鳴らすごとくに、響きわたッた。この樺の林へ来るまえに、自分は猟犬を曳いて、さる高く茂ッた白楊《はこやなぎ》の林を過ぎたが、この樹は――白揚は――ぜんたい虫がすかぬ。幹といえば、蒼味がかッた連翹色《れんぎょういろ》で、葉といえば、鼠みともつかず緑りともつかず、下手な鉄物《かなもの》細工を見るようで、しかも長《たけ》いっぱいに頸を引き伸して、大団扇《おおうちわ》のように空中に立ちはだか
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