ク牲には供しない」といふのに對して「それを何百萬といふ女は犧牲に供してゐます」といふノラの言葉は、男子の爲に犧牲になることを甘んじてゐた古今幾百萬の婦人に代つて發した、女子の公憤の叫びだと稱せられるが、草案ではたゞヘルマーが「おゝ、ノラ、ノラ!」といふとノラが「それでどうなつたかといふと、お禮一つおつしやるぢやなし、愛の言葉一つ聞くぢやなし、私を救つて下さる考へなんか糸すぢほどもありはしない。たゞ叱り廻して――私の父まで嘲弄して――ちいぽけなことにびくびくして――犧牲になつてどうすることも出來ないでゐるものを、むごたらしく罵り立てゝ」と正面から喧嘩口調で述べてゐる。これを完成本の言葉に比べて、品位、含蓄の上に非常な差のあることは言をまたない。
こんな風にして、着想から略筋、略筋から草案、それから完成した今日の『人形の家』と漸次精練せられたのが、草稿に見えた千八百七十八年十月といふ日附からでも一年の餘で、いよいよ書物となつて始めて現はれたのは翌千八百七十九年十二月四日、コーペンヘーゲンでである。
十
『人形の家』が初めて演ぜられたのは、デンマルクのコーペンヘーゲンにあ
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