スり、イブセンもおそらく初から動かすべからざる腹案を持つてゐて書いたのであらうと思はれる。それでも所々肝要のところに、草案から完成本へと改善せられて行つた跡が見える。領事シュテンボルグの假裝舞踏會といふのもなくタランテラ踊もないから、ノラは夜會服を着ただけで、夫婦は子供の會へ行く。あのじみな家の中に花やかな踊子姿をしたノラがでてきてこそ、後の大破裂の場面との色どりもおもしろいのであるが、草案ではまだその考へがついてゐなかつた。またランクが「この次の假裝會には、見えないものにならうと思ふ」といふやうなよい場面も出來てゐない。
 愈※[#二の字點、1−2−22]最後にノラとヘルマーとが對決するところ以下は、前にも言つた如く大體において草案と完成本と同一であるが、例へばノラが「お許し下すつてありがたうございます」といつて別室に這入り「人形の衣裳をぬぐのですよ」といふところは、その「人形の衣裳をぬぐ」といふことに全篇の意味と響應する象徴的な味があるのを、草案ではまだ「氣を落ちつけなくちやなりません、ちよつとの間」と極はめて無意味にいはせてある。またヘルマーが「幾ら愛する者の爲だつて、男が名譽を
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