でゐる間に、私の氣ちがひじみた嬉しさで永久にと思つて捧げるものを、塵芥のやうにひつたくつておしまひなすつたのね。(下略)」
そして彼の女が義務として爲すべきことをした結果はどうかといふと、たゞ彼の女の若さは亡ぼされ、彼の女の美しさは消え、貴い夕べは簿記帳によつて汚されたに過ぎない。彼の女はもうここに殘つてその義務を果たす力を失つてしまつた。これから少しの自由を樂しまなくてはならない、廣い地平線を見なくてはならない。それが爲に彼の女はたうとう夫と子供を跡にして出て行つた。取り殘されたフェリックスは絶望して卒倒する。けれども次の場でエリザベットは夜明けがたに歸つて來てゐる。
「もう遲かつた!――私にはもう氣力がなくなつてゐる。馬車の窓から夜の暗い中を覗いたとき、自由はいくら欲しくても、私の心は沈んでしまつて、漂泊者といふ冷い感じが身に沁みてきた。鉛の鎖で繋がれたやうな氣持(中略)何處へ行つていゝかわからなくなつて、冷たい朝の空氣に顫えて、私は歸つてきた(下略)」
といふとフェリックスは「御覽、私だつてつまりそんなに獸ではない」といつて妻の手に接吻する。エリザベットはそれをじつと見おろ
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