自分は浅黒い引き緊った顔、濃い秀でた眉毛、引き緊まった唇、鋭くて輝いた眼、男らしい鼻――もし和歌子が男らしいということを価値標準に置けば、深井よりも自分の方が上であろう。彼はまた学校における自分の位置と深井とを比較した。深井は決して学問の出来る方でなかった。席順も下の方であった。しかるに、と彼は考えた。自分は勉強の点数では級《クラス》で三番だが、級長をつとめているし、運動もかなりやっている。その点は単に美少年が特徴の深井に負けはしないと。
「和歌子さんは己のものだ! どうしたって己のものだ! 自分と和歌子さんとは、そんな今日や昨日のことではないのだ!」
彼はむく/\と湧き立ち燃え上がる烈しい情熱に顫《ふる》えずにいられなかった。しかしその熱情を、その初恋の熱情を、(お前は家もない、父もない、貧乏人の孤児でないか)という意識がじっと抑えるようにおおい被さって来た。ああ、そのためにのみ今まで黙って来た平一郎であった。彼はこの彼の全存在を揺るがす言葉の前に寂しい致命の痛みを感じつつ青い空を仰いだのだ。そうして、そこにはいろ/\の忘れがたい記憶が美しく想い起こされて来た。
去年の春のことで
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