ているバナナ(彼はバナナが好きだった)をつかんで、奥といっても一室しかない八畳の、窓際に据えてある机に向った。窓からは晴れやかな青い五月の天と、軽げな白い雲の群と、樹々に芽ぐむ春の生気がのぞかれた。平一郎はバナナの柔らかいうちに弾力のある実をむさぼりつつ、どうもじっとしておれないような気がしてならなかった。彼は自分が和歌子とは未だ一度も話したこともないのに、あの深井が、あ、お和歌さんかい、庭つづきで遊びに来る、と言ったことが不安でならなかった。彼は苟《いやし》くも深井と自分とを対等に置いて考えることを恥辱だと考えた。しかもそう考えつつも、晴れやかな光った青空を眺めていると、想いはいつしか深井のことを、執拗に自分と比較しているのであった。自分と深井とを、和歌子はそのいずれを選ぶであろうか。彼は深井の美少年であることを内心恐れずにいられなかった。いつも桜色の生き生きした血色をして、黒い瞳はやさしい感情にうるみ、ほっそりした肉付と清らかな衣服は貴族的な気品を生ぜしめている。その上品な清純な美しさは自分なぞとても比べ物にならないと平一郎は考えた。しかし、と平一郎は考え直さずにはいられなかった。
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