、お光のためにはよき生活上の相談相手となり得ていた。

 平一郎が和歌子への手紙を深井によって伝えようと決心した日の次の日の午後、彼は一事を敢行したことの英雄的な傲《おご》りを感じながら靴音高くかえって来た。なぜ靴音が高いか。彼は「こと」を敢行したからだ。朝、学校での運動場の芝生で深井に会ったとき深井は優しい感謝の微笑を送ったが、話をする勇気は持たないらしかった。彼自身もポケットの手紙を握りしめながらつい口一つ利《き》けなかった。一時間目の国語の間じゅう彼は自分の卑怯を責めつづけていた。そしてノートに「吉倉和歌子」の名を五十あまりも書いてしまったのに驚いた。機会は四時間目の体操の時についに来た。彼は鐘の音につれて校舎の方へ走り去ろうとする群の中の一人を「深井君」と呼びとめた。
「え?」と深井は頬をほてらした。
「ちょっと君に話したいことがありますから」さすがに彼も胸が鳴り響いた。彼は運動場を横ぎって、寄宿舎の横手の、深い竹藪に接した芝生に来た。そしてそこの木馬に腰かけて思い切って言ったのだ。
「君は――吉倉の和歌子さんを知っていると言ったね」
「ええ――」と深井はいぶかしそうに、また、
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