苦しい戦いが彼のうちで渦巻いた。
(汝は天野の世話になってはならない! 汝は天野夫妻に一切の事実、冬子のこともお光のことも正直に打ち明けなくてはならない! まず汝自身を清くせよ! 汝自身を清くしたるのちにはじめて汝の使命を全うするがいい!)
「それは、それは出来ない――」(そうすることは冬子、母、天野、自分の破壊になってしまいはしまいか※[#疑問符感嘆符、1−8−77])
 平一郎は机に頭をかかえて悶えていた。
「大河、いるかえ」としゃがれた声がして乙彦がはいって来た。平一郎は返事する気もせず振り向いただけだった。本能的な嫌悪が押し寄せてくる。
「お前、どうして飯を食わないのだい」
「少し気分が悪いですから」答える平一郎の顔をじろ/\見ていたが乙彦は突然、意地の悪い表情で「お前は実に僕の母さんに似ているね」と言った。
「そうですか」と平一郎は答えた。それどころでなかったのだ。
「顔色が悪いよ。西洋館の屋上広場へ行って涼んで来よう。おいで、大河!」
 乙彦は引きずるように平一郎を西洋館へ連れて行った。真暗な狭い螺旋形の階子を登って二人は屋上へ出た。深い蒼い夏の夜空がそこにあった。星が輝い
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