中達を軽いユーモアで笑わした。綾子も同じであった。粂が「本当にこんないいお邸はどこへいってもない」と言ったように、家庭の二人は女中達には寛厚で、しかも未発の偉大な力を源泉に蓄えている立派な「主人」であるらしかった。しかし、平一郎は、同時に彼等は女中達に絶対的な服従を要求しささげさしていることも認識せずにはいられなかった。その認識は平一郎には未明の反感を生ぜしめた。そればかりでなく、平一郎の純な認識に、天野と綾子が女中達へユーモアをもたらす余裕のあるだけ、二人の人格が渾然と一つにならずに、睨みあい対立しあっていることも明かに感じられた。――そして、彼自身の内には天野へのある意地が早くも伸びかけて来ているし、綾子の熱心な視線をも全身に感じられる。彼は二人の前にいることが苦痛になった。彼は「それじゃ明日は僕一人で行ってまいります」と言って天野の親書を懐にして自分の部屋へ去ろうとした。そのとき、障子をあけて覗きこんだ者があった。新しい大島絣《おおしまがすり》の袷をきた背の高い、そう瘠せてはいないが全体が凋《しな》びたように黒ずんで、落着かない眼付をした人相の悪い青年が懐手をして覗きこんでいる。
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