まで一緒に送って行くことは自分の責任であるように感じた。二人は路々一言も口をきかなかったが、妙に一種の感情が湧いていて、それが一種の気恥かしさを生ぜしめていた。時折信頼するように見上げる深い瞳の表情は、平一郎にある堪らない美と誇らしさをもたらした。平一郎は実際、自分と深井とは少しおかしくなったと思った。寂しい杉垣の青々した昔の屋敷町に深井の家があった。平一郎は、その郊外の野に近い町はその頃自分が度々|彷徨《さまよ》い歩いたことのある街であることを想いながら、深井の後から黙ってついていった。すると深井が黒い門のある家の前で、はじめてにっ[#「にっ」に傍点]と微笑みながら、「ここです、僕の家は」と言った。平一郎はぎょっとした。そして思わずこう尋ねた。
「君の家の隣は吉倉さんといやしないかい」
「ええ、吉倉さんですよ」
「ほう――」と平一郎は自分の血の上気するのを覚えながら、「和歌子さんて居やしないかい」
「ああ、おとなりのお和歌さんかい」
「うん」
「いるよ、僕の家と庭つづきだからいつも遊びに来るよ、君、お和歌さんを知っているの?」
「――」
 平一郎は息苦しくなったが我慢して平気そうに、
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