になるかも知れませんよ。あすこの離室《はなれ》が空いているから、そこをお前の勉強室なり、寝室なりにしておいてね」
「で、母さんは何をするのです」
「あすこの家のお仕事(裁縫)を一手ですることになるかも知れませんよ」
 こう寝しなにお光は平一郎に話した。次いで平和で健康な眠りが来た。

 平一郎|母子《おやこ》が借りている家の階下《した》は芸娼妓の紹介を業としている人であった。遊郭の裏街、莨店《たばこみせ》や駄菓子屋や雑貨化粧品店や受酒屋や[#「受酒屋や」はママ]などが廃頽したごみ[#「ごみ」に傍点]臭い店を並べている間に、古びた紅殻格子の前に「芸娼妓紹介業、中村太兵衛」と看板がぶら下げてあった。主人の太兵衛は生まれつき体格が逞しく力があって、青年時代は草相撲の関取であったというが、そして女と酒と博奕と喧嘩のために少しあった資産もなくしてしまった三十の頃、今の主婦さんに惚れられて世帯をもったのだというが、しかし今はもう五十を越して早衰した老爺にすぎなかった。芸娼妓紹介の仕事も、もと芸妓であった主婦さん一人でやっていた。主婦さんがお光に、もし今の亭主が自分から惚れた男でなかったなら、そして
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