しく和歌子に自分の真情を打ち明けようといたさしめていた。この精神はいずこより来たか。亡き父の意志よりか、母のお光の献身的な愛よりか、あるいは貧しい寂しい境遇の自覚よりか。そのいずれもであるには相違ない。しかしその根源にいたっては誰人《たれ》も知ることは出来ない。それを知るものは平一郎の内なる平一郎を生みたる宇宙の力そのものである。そしてそれは人間の言葉としては表現出来ないものである。
 九時近くになってから母のお光は帰って来た。彼女は方々お得意先へお礼旁々廻って、仕事を集めていて遅くなったと言って、路であんまり甘そうなお饅頭があったので買って来たといって、卵形の饅頭を拡げて自分から先に食べるのであった。平一郎はその母の穏やかな様子を見ると、いままで忌わしい疑念を抱いていたことを恥じ恐れずにはいられなかった。彼は嬉しくなって、自分のために夜遅くまで仕事を集めに歩いている母の苦労が思われて、すまない気と、嬉しい気でいっぱいになった。彼は饅頭を食べながらもう少しで和歌子のことを打ち明けてしまうところだった。それ程彼は歓ばされていたのだ。
「ことによるとわたし達は冬子さんのいる春風楼へゆくこと
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