死は引きしめる力があった。二人の少年と少女にとっては生涯忘られない初恋の背景となった。

 冬子が去ったあと、お光と平一郎の生活に外面上、何の変異も起こらなかった。お光は依然として勤勉な春風楼の裁縫師であり、好《よ》き母であり、穏やかな平和さを絶えず身辺に漲らしている小母さんであった。平一郎が冬子の別れに感じた悲哀もまだ直ちに彼の性格の上に表われるには彼の年が若かった。傷は伸び行く力によって何のあとかたもなく消え失せたように見えた。あるいは彼の性格の奥深くに潜んでいて時機を得て現われるのかも知れない。しかし、彼には学校があり、和歌子があり、また深井があった。秋の小学校の懇親会で和歌子が百人近い少女達の中から送る平一郎への微笑を見出したときの誇らしい歓喜。何も知らぬ級友《クラスメート》が和歌子を指さして「美しい《ビュウティフル》!」などと囁いているのを聞くおかしさと歓喜と大得意! そうして、そこには常に深井の優しい睫毛の長い涙に濡れたような瞳がいつも輝いていた。少女を愛する心、少年を愛する心、また愛され信頼されることによって奮い立ち、一切の責任を自負しなければ止まない心――それは彼の傲り
前へ 次へ
全362ページ中206ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島田 清次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング