」と言いかけているうちに冬子のことが湧いて来た。「……僕の知っている人がこの間東京へ行ったから、きっと今日は柩も見ているに違いないや」
「知っている人ってどなた?」
「それはね、僕の母さんの友達の冬子という女の人だよ」
「そう」和歌子は黙ってしまった。暫くたって「もう帰りましょうよ」と言い出した。
「どうして?」
「わたし、何んだかつまらなくなったの」そしてつけ加えた。
「家へいけないの、遅くなって」
「じゃ帰ろう」
二人はとぼ/\暗い野路を街の方へ帰って来た。明るみに出たとき、二人は何もかも忘れて笑い合った。二人が街角へ来たとき、街の方からけたたましい号外の鈴の音が近づいて来た。平一郎は飛びつくようにして一枚を奪った。
「和歌子さん!」
「何んですの」
「乃木将軍が殉死されたのだ!」
「そおお!」二人は号外の活字に鮮明にその事実を読み得た。
「平一郎さん!」接吻を知らない人にはただ溢れる熱情をしっかり双手を握り合うことによってのみ表わし得た。厳粛な死によって神聖にされ、祝福された、二人の恋であった。一つの時代より他の時代へ移りゆく時期に発生しがちな時代の弱点や人心の頽廃を乃木将軍の
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