にひどい生活の苦労に洗われるまでは、それがどれほど悪い気の毒なことであったかに気づかなかった程であった。
しかしお光が北野家の先人達のうちでやや詳しく知っているのはお光にとっては祖父にあたる伝右衛門の晩年以後からであった。伝右衛門が五十を過ぎた頃、その頃は大きな改革の波が日本を洗いかけている時代であった。彼はどんな改革が日本に起ころうとも彼自身の大川村における根底は深く揺るがないものだとの自信を抱いていた。政治上の実権が天子に返上されたとき五十八歳の彼は平気な顔をしていたが、暫くして彼はもう大川村の庄屋ではない。庄屋という役目さえもなくなったと聞いたときには、永久であるかのように信じていた自分の地位を一片の布告によって消滅せしめる新しい政府を不思議な眼で見ない訳に行かなかった。彼自身の立場がわりに浅いように思われて来た。彼は六十であった。人間としての活力は衰えかけていたが、ある種の知恵は老熟していた。彼は夢からさめたように全体を見廻した。どうにかしなくてはならないと彼は思った。彼は大川村の住民達があまりに貧しいのに驚いた。貧しいことはよいが、そのためにやがて他の村々との交通が開けるに
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