た電燈の光は縫い目のない蚊帳を海底のように染めて、微風に衣が揺らぐ。冬子は敷かれた二つの床を見た。「思想」になりきらない異様な感情が胸のうちに圧迫して来た。
「あの、お風呂をわかしてございますから、一風呂お浴《あ》びになってお寝《よ》りなさってはいかがでございましょうか」
「入るよ」地面に食い入ったようだった彼の体躯が、むっくりと起きかえった。
「お前は――」
「わたし――」
「そうか、わたしひとりで入って来よう」
 女中に導かれて、六尺豊かな肉付のしっかりと肥えた体躯の持主が幽《かす》かな足音もさせないで部屋を出て行った。冬子はひとり坐ったまま、ほてった熱情の渦巻を感じていた。吹き入る川風の揺れる蚊帳の中の二つの床が彼女の目前にあった。その床が自分に何を暗示し要求するのか。自分があの男と同じ蚊帳の中で眠る。彼女はある一つのことに神経が触れたとき、全身の血行をじっと動かさずに考え込まねばならなかった。(ああ、あの男に今、旅の芸妓の自分として接することは苦しい!)
「あの、お楼からの荷物は次の月の間《ま》に置いてありますから」
 さっきの女中である。冬子は「そう」と言ったきり答えなかった
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