、何より腹が空《す》いていた。彼は置かれてあるお膳の白い布片を除けて蓮根の煮〆に添えて飯をかきこまずにいられなかった。そうして四、五杯も詰めこんで腹が充ちて来ると、今日の学校の帰りでの出来事が想い起こされて来た。今日は土曜で学校は午前に退《ひ》けるのだった。級長である彼は掃除番の監督を早くすまして、桜の並樹の下路《したみち》を校門の方へ急いで来ると、門際で誰かが言いあっていた。近よってみると、二度も落第した、体の巨大な、柔道初段の長田が(彼は学校を自分一人の学校のように平常《ふだん》からあつかっていた)美少年の深井に、「稚子《ちご》さん」になれ、と脅迫しているところだった。
「いいかい、深井、な」と長田は深井の肘をつかもうとした。
「何する!」深井は頬を美しい血色に染めながら振り払った。
「え、深井、己《おれ》の言うことをきかないと為にならないよ」長田の伸ばす腕力に充ちた腕を深井はしたたかに打った。そうして組み打ちがはじまった。無論深井は長田の敵ではなかった。道傍の芝生に組み敷かれて柔らかくふくらんだ瞳からは涙がにじみ出ているのを見たときには、平一郎は深井の健気な勇気に同情せずにいられ
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