@gentle−men! I am very glad to have an opportunity to speak my thought of our Christ……" とはじめた。
恐ろしい声だった。精力に充溢した声だった。室中の硝子がびり/\慄える程大きい声であった。その大きい声の言葉をK氏の貧弱な乾からびたような声が日本語に通弁した。
「エス・クリストは学者ではなかった。エス・クリストは国家要路の大臣、軍人ではなかった。無論、彼は貴族でもなく金持でもなかった。彼は貧しい、地位もなく財宝もなく真に地上の、物質的富においては何一つ誇るべきものを持たない一青年に過ぎなかったのであります。ユダヤの一大工の子。そうです、真に一大工の子でした。彼が長い放浪と苦悶の旅の後にようやく彼自身のうちに神の子の自覚と確信が充実し、新しい人類への救済、神の国の信仰が完成して、もういても立ってもおれず、大地より湧出する火焔のような精神に充されて『神の国は近づけり』と言わずにいられなかったのがようやく三十歳の時でありました。その時のエス・クリストの内的高揚と充実とを吾々の(Our American)体験をもってしましても全身火焔を噴き出し全世界は白光白熱に遍照するようであります。しかし、こうした荘厳なエス・クリストの内生活とその力も当時の多くの人達には感じられなかった。多くの人達には、貧しい大工の子で青年時代を定まった職業もなく過ごした一個の落ちぶれ者か不良青年にしか見えなかった。彼らははじめ彼を狂人だと罵りました。しかし、神、絶対者に選ばれたる神の子、真理そのものの体現者であると信じた彼の霊妙な性格にひきつけられ、彼の宜《の》べ伝える心理に随順する、新鮮な精神、若い精神、世俗の灰汁に染まない精神、もしくは洗い磨かれ、悲しみの涙に潤うた心――青年や、貧しい境遇に泣く人や、病に苦しんだ人達やの何かを求めてやまない心に、彼の涙にみちて、しかも勇猛な教えはどれほど微妙な力を与えたことでしょう。まことに足なえは立ちて歩み、癩病人は健やかになり、盲目者は目が開いたのであります。それは奇蹟ではなかった。当りまえ過ぎる程に当然のことでした。わたくしは盲目者が目を開いた喜びよりも、若くして生死を超えたる真理の実現者、エス・クリストの喜びを想うとき涙ぐまずにいられません。しかし、その当時、ユダヤの国
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