ていて?」
「知っているさ」
「どんなことなの?」
平一郎は大きく言った。
「僕達はいまにきっとめおと[#「めおと」に傍点]になるんだよ! ね! 和歌子さん!」
「――」
「いまに僕は偉くなるんだからね。僕は貧乏さ。それでも僕は勉強していまに第一流の政治家になってこの世の生活をもっといいものにして見せるからね。僕は和歌子さんとめおと[#「めおと」に傍点]になっても恥かしくないようにきっとなるからね――」
「ほんとう?」
「僕がうそ[#「うそ」に傍点]を言うものか。いつだって僕は手紙にそう書いているじゃないかね」
和歌子は深い溜息を漏らした。少女の熱情で瞳は輝いて来た。そして、平一郎の右手を両手でおさえて、じっと胸に当てて放さなかった。
「吹屋の丘へ行こうか。和歌子さん」
「ええ。ようござんすわ」
二人は嬉しかった。このまま別れてしまう気がしなかった。昼のうちに寝ているので眠くはなかった。橋を渡って、寂しい暗い街を小走りに、午前二時頃の、黒い幔幕をはった廓の一部を通り抜けて、二人は広漠とした夜の野原に出た。地平の一線をくぎりに野は一面に暗黒色に充たされ、空はやや薄い水色に曇っていた。虫の声が地に湧きたっていた。二人は手を握りあったまま路を歩いた。あまりに広大な夜の自然が恐怖を与えぬでもなかった。吹屋の丘の草原は夜露に湿れて坐りようがなかった。二人は佇んだまま、身に迫る夜気に堪えていた。
「はじめて僕達はここで遇ったのだね。和歌子さん」
「そう――わたしまだ平一郎さんのあの手紙を暗記していましてよ」
「僕だって覚えていらあ」
そう言って彼はそこに坐りこんだ。和歌子はそこにつくばった。寒さに身を顫わせていた。和歌子は自分の家のことを想い出して少し心配になり出した。
「もう何時かしら」
「何時だっていい。僕は夜通しでもここにいたっていい。僕だっていつまでも中学のがらくた[#「がらくた」に傍点]じゃないさ」
すると和歌子が堪《たま》らないようにくす/\と笑い出した。ひどく寒かったが平一郎は我慢していた。
「何がおかしい?」
「がらくた[#「がらくた」に傍点]っていうのがおかしいじゃないの」
「そうさ、がらくた[#「がらくた」に傍点]だあね」平一郎も哄笑した。
「東京の有様は随分盛大でしょうね」と和歌子が尋ねるように言った。
「そうだろうさ。何いったって本場だもの……
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