ではあるが、同時に全人類が感ずる悲痛である。唸きは思わぬところに吐き口を見出すものである。
「ほんとにじめ/\した人間ほど嫌なものはないわね」時子だ。
「あたし大嫌い、どことかの人のように物も碌に言わないでぐず/\しているのは」
「気どっているのさ」
お幸は菊龍に断定的な答を与えたつもりで煙管をはたいた。故意であり、また故意でなかった。莨の火が弾いて茂子の膝の辺りに飛んだ。白い煙がかすかに一条のぼった。茂子は黙ってその火をはたいた。膝のあたりに小豆粒程の茶色の焦げが出来た。
「あら、すみません、どうかなって――あら、焦げたのね、すみません」
「いいえ」
「茂子ちゃん、着物を着変えてこなくちゃいけないわ」
あまり流行らない茂子が着変えの夏物の座敷着をもっていないことを知っていながら時子は付け加えたのである。茂子の膝の焦げあとへ小さい涙の滴がぽたり落ちた。それを見て二人はすまないような、それでいてどこか満足したような快さを味わった。それはしびれた自分の手足をつねって感じる快さであろうとは彼女達は知るまい。――よいことにはそこへ、「只今」「只今」と富江と米子と市子が帰って来たことだ。
「女将さん只今――外花《そとばな》がついてあたしが十二枚、米子ちゃんと市子ちゃんが二十四枚。三十六枚ありましたのよ」
妓達の争いには最後まで沈黙して、仲へ這入らないで見過す女将はさっきから帳面をいじくって過ごしていたが、富江のさし出す花札を手にとってはじめて顔をあげた。
「わりに早かったじゃないか」
「途中で旦那は電話がかかって帰ったのよ。それでももう十時近いじゃないの」
「もうそんな時間かえ」と彼女は呆《とぼ》けたように言った。
米子と市子は鏡に自分達の艶麗な姿を写しあって、子供らしい、虚栄な悦びを感じあった。無理に飲まされた一杯の酒がまだ身内にこもっていて、熱が全身に脈うってくる。二人は台所へ水を飲みに行った。
「今夜は何故かみんな不景気なのね」
富江が菊龍の横へ坐ったとき十時が鳴った。同時に門口で大勢の男のはいってくる足音がして、「ここだ、ここだ」と言う声が聞えた。皆の神経が緊張した。そこへ、土間へ、一群の洋服を着たのや、浴衣がけのや、二十人近い人間が、十分に酒を飲んでいるらしく、髭を生やしたもの、眼鏡をかけたもの、まだ生《なま》若そうなやつなどが、みな酒に酔っぱらって、顔を
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