主人は息子の病の為には全財産を投げ出してもと思つた。今息子に死なれては財産なんぞあつてもなくても同じことだと思つた。
 逗子の浜、大磯の海岸――朝となく夜となく、ぶら/″\逍遥ひ歩く若い文士の姿は、通り行く人々に悲しい事を思はせた。
 夫に別れた叔母は直ぐ看護の為に来た。そして病人の言ふに任せ、北国の郷里に帰ることにした。
 青白い夜のステーションの電燈の下に、たたずんで、人知れず見送つた。
 若い文士は電燈の下の○のうるんだ目と白い頸とを何時迄も/\忘れまいと思つた。

    (四)[#「(四)」は縦中横]

 土蔵の長持からは絹の蒲団が出されて、庭に面した八畳の部屋に敷かれた。白いシーツに白い枕、其の中に病人は仰向けに成つて寝て居た。黄色い水薬の半分許り入つて居る薬瓶や、白い模様のあるコツプが午後の日影の中に鮮やかに浮いて見えた。書きさしの原稿用紙と、黒塗の硯箱とがいつも枕元にきちんと並べてあつた。――
 おい/\に人の妻となり、母となつた従姉妹達は大きな丸髪に結つて、子供を連れて見舞なぞにやつて来た。
『清さん、此頃何もお書きぢやありませんか、』
 近く此間結婚して二月しか立
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