皈つた時、トランクの中には自分の名を記してある色んな形の本が三四冊もあつた。秋の夕日に清の乗つた俥《くるま》の輪がきら/\と輝いて、希望に充ちた清の眼には確かに美《うる》はしいものゝ一つであつた。
其れは寝棺の置かれてある其の室であつた。主人と、叔母と、而《そ》うして三人の従姉妹等が寄つて居た。清は自分の身の一歩一歩若く盛んに成り行くに引きかへ、従姉妹等の二人迄が、子持に成つて居るのを不思議さうに眺めた。黒の紋付羽織、仙台平《せんだいひら》の袴、真つ白の胸紐と奇麗に分けた頭の髪とがかすかに打ちふるつて居る仏壇の御燈明に、一きは目立つて鮮やかであつた。卒業証書と四冊許りの書物とは亡き母の位牌にさゝげられてあつたのだ※[#感嘆符二つ、1−8−75]
文壇の流行児、主人は若い時分の記憶を辿り乍らも紅葉露伴の名を思ひ浮べて居た。
(三)[#「(三)」は縦中横]
卒業後若い文士は東京に住居《すまひ》した。今日も明日も雨許りの六月頃主人は土産片手に息子の宿を訪ねた。長い間息子の便りが絶えて居たのである。
丁度若い文士は不在であつた。出来合の障子は破れ目がたくさんあり、畳の縁は白
前へ
次へ
全13ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
島田 清次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング