ですこぶるにぎやかだ。省作も思わず釣りこまれてひとり笑いしていると、細目にあいてる戸の間から白い女の顔がすっと出た。省作ははっとする間もなくおとよさんは、風呂の前へきて小声で「今晩は」という。省作はちょっと息つまって返辞ができないうちに、声かすかに、
「お湯がぬるくありませんか」
「ええ」
「少し燃しましょう」
おとよさんは風呂の前へしゃがんで火を起こす。火がぱっと燃えると、おとよさんの結い立ての銀杏返《いちょうがえ》しが、てらてらするように美しい。省作はもうふるえが出て物など言えやしない。
「おとよさんはもうお湯が済んで」
と口のうちで言っても声には出ない。おとよさんはやがて立った。
「おオ寒い、手がつめたい」
と言って二本のまっ白い手を湯の中へ入れる。省作はおとよさんの手にさわってはたいへんとも何とも思わないけれど、何となく恐ろしくからだを後ろへ引いた。
「省作さん、流しましょうか」
「ええ」
「省作さんちょっと手ぬぐいを貸してくださいな」
おとよさんは忍び声でいうので、省作はいよいよ恐ろしくなってくる。恐ろしいというてもほかの意味ではない。こういう時は経験のある人のだれで
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