声を聞き出そうとするような心も、頭のどこかに働いている。声はたしかに五郎兵衛婆さんだ。
「そら金公の嬶《かかあ》がさ、昨日《きのう》大狂言《おおきょうげん》をやったちでねいか」
「どこで、金公と夫婦げんかか、珍しくもねいや」
「ところが昨日のはよっぽどおもしろかったてよ」
「あの津辺《つべ》の定公《さだこう》ち親分の寺でね。落合《おちあい》の藪《やぶ》の中でさ、大博打《おおばくち》ができたんだよ。よせばえいのん金公も仲間になったのさ。それをだれが教えたか嬶に教えたから、嬶がそれ火のようになってあばれこんだとさ」
「うん博打場へかえ」
「そうよ、嬶のおこるのも無理はねいだよ、婆さん。今年は豊作というにさ。作得米《さくとくまい》を上げたら扶持《ふち》とも小遣いともで二俵しかねいというに、酒を飲んだり博打まで仲間んなるだもの、嬶に無理はないだよ」
「そらまアえいけど、それからどうしたのさ」
「嬶がね。眼《め》真暗《まっくら》で飛び込んでさ。こん生《いけ》畜生め、暮れの飯米《はんまい》もねいのに、博打ぶちたあ何事《なにごっ》たって、どなったまではよかったけど、そら眼真暗だから親父と思ってしがみ
前へ 次へ
全50ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 左千夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング