よいよ顔がほてって胸が鳴ってきた。満蔵はそれ以上を言う働きはないから急いで米を搗きだす。政さんはいよいよ興がって、
「こりゃわかんねい。そこまで満蔵さんに見られちゃア、とにかく省作さんはおごるが至当だっぺい。うん人の女房《にょうぼ》だって何だって、女に惚れられっちは安くない、省作さん……」
兄はまさかそんな話の仲間にもなれないだろう、むずかしい顔をしている。政さんは兄の顔に気がついて、言いだした話を引っ込ませかける。突然囲炉裏ばたの障子があいて母が顔を出した。
「満蔵」
「はあ」
「お前、今おとよさんの事を言ったねい」
「はあ」
満蔵はもうたいへんな事になったと思ってか、色青くして目がはや潤んでる。
「お前どんなことを見たかしんねいが、おとよさんはお前隣の嫁だろ。家の省作だってこれから売る体じゃないか。戯言《じょうだん》に事欠いて、人の体さ疵《きず》のつくような事いうもんじゃない。わしが頼むからこれからそんな事はいわないでくろ」
「はア」
満蔵はもう恐れ入ってしまって、申しわけも出ない。正直な満蔵は真から飛んだ事を言ってしまったとの後悔が、隠れなく顔にあらわれる。満蔵が正直あふれ
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