て昨日のおとよさんの様子を思い出した。政さんのいうことも本当だ。おとよさんは隣に嫁になってるとはかわいそうだ。なるほど政さんのいうとおり隣にゃいないかもしれない。そう思うとまた妙におとよさんがなつかしくなって別れたくないような気がするのである。
「省作さん、ちっとお話しなさいよ。何か考えてるね。ハハハハ」
 省作は、はっとしたけれど例のごとく穏やかな笑いをして政さんの方へ向く。政さんは快活に笑って三つの繩をなってしまった。省作が二つ終えないうちに政さんはちょろり三つなってしまった。満蔵は二俵目の米を倉から出してきて臼《うす》へ入れてる。おはまは芋を鍋いっぱいに入れてきて囲炉裏《いろり》にかけた。あとはお祖母さんに頼んでまた繩ないにかかる。
 満蔵はほどよく米を臼に入れて俵は元の倉へ戻し、臼へ腰を掛けつつしばらく人の話を聞いているうち、調子はずれな声を出して、
「きょうは省作さアにおごってもらうんだっけ。おらアたしかな証拠を見たんだ」
 意外な満蔵の話に人々興がり一斉《いっせい》に笑いをもって満蔵の話を迎える。
「省作さんにおごらねけりゃなんねい事があるたアこりゃおもしれい。満蔵君早く話
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