うです。わたし餅はきらい」
「それじゃおとよさん、明後日は家へおいでなさいよ」
「それだら省さんがお隣へ餅をたべにいっておとよさんが家へ鮓をたべにくるとえいや」
 こういうのはおはまだ。
「朝っぱらから食うことばかりいってやがらア」
 そういって兄は背負うたスガイ藁を右の肩から左の肩へ移した。隣のお袋と満蔵とはどんなおもしろい話をしてかしきりに高笑いをする。清さんはチンチンと手鼻をかんでちょこちょこ歩きをする。おとよさんは不興な顔をして横目に見るのである。
 今年の稲の出来は三、四年以来の作だ。三十俵つけ一まちにまとまった田に一草の晩稲《おくて》を作ってある。一株一握りにならないほど大株に肥えてる。穂の重みで一つらに中伏《ちゅうぶし》に伏している。兄夫婦はいかにも心持ちよさそうに畔《くろ》に立ってながめる。西の風で稲は東へ向いてるから、西手の方から刈り始める。
 おはまは省作と並んで刈りたかったは山々であったけれど、思いやりのない満蔵に妨げられ、仏頂面《ぶっちょうづら》をして姉と満蔵との間へはいった。おとよさんは絶対に自分の夫と並ぶをきらって、省作と並ぶ。なんといってもこの場では省作が
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