たような声をして突然、
「おとよさんがいなくなったらわたしゃどうしよう」
「おとよさんはいなくなりゃしないよ。なにがいなくなるもんか。ただ話だわ」
「そうかしら」
 兄のおとよさんをほめようはおもしろい。
「おらアおとよさん大好きさ。あの人は村の若い女のよい手本だ。おとよさんは仕事姿がえいからそれがえいのだ。おらアもう長着で羽織など引っ掛けてぶらぶらするのは大きらいだ。染めぬいた紺の絣に友禅の帯などを惜しげもなくしめてきりっと締まった、あの姿で手のさえるような仕事ぶり、ほんとに見ていても気が晴々《せいせい》する。なんでも人は仕事が大事なのだから、若いものは仕事に見えするのはえいこった。休日などにべたくさ造りちらかすのはおらア大きらい。はま公もおとよさん好きだっけなア。まねろまねろ。仕事もおとよさんのように達者でなけゃだめだなア」
「や、これや旦那はえいことをいわっしゃった。おはまさんは何でも旦那に帯でも着物でもどしどし買ってもらうんだよ」
 省作はただ笑う仲間にばかりなって一向に話はできない。満蔵はもう一俵の米を搗き上げてしまった。兄は四俵の俵をあみ上げる。省作の繩ないはやはりおはまの仲間で、二人とも二把の藁がない切れない。兄はもう家じゅう手ぞろいで仕事をすればきげんはよい。
「はま公、そんなににわかに稼ぎださなくともえいよ。天気のえい時にはみっちら働いて、こんな日にゃ骨休めだ。これがえいのだ。なまけて遊んだっておもしれいもんでねい。はまア薩摩芋《さつまいも》でも煮ろい」
 おはまは竈屋《かまや》へゆく。省作は考えた。兄は一に身上二に丹精で小むずかしい事ばかりいうてわからない人とのみ思っていたに、今日の話はなかなかわかってる。なるほどこれがえいのだ。これでおもしろいのだ。みんなしてこうしておもしろく働くがえいのだろう。田園生活などいうても、百姓の辛労《しんろう》を見物ものにして、百姓の作ったものをぶらぶら遊んで見ていたって、そりゃ本当の田園趣味でない。なるほどおれも百姓になろう。百姓は骨が折れるからとばかり思って、とかく本気に百姓しようと思わなかったけれど、考えると兄のいうことがほんとうだ。百姓になろう百姓になろう。そう考えてみると、なるほどおとよさんは立派な女だ。年は同じだけどわれわれお坊さんとはわけが違う。それでおとよさんは真から親切だ。省作はひとり思いにふけっ
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