して参ってくるがよかろう……いや着物など着替えんでよいじゃないか」
女達は、もう鼻啜《はなすす》りをしながら、それじゃアとて立ちあがる。水を持ち、線香を持ち、庭の花を沢山に採る。小田巻草千日草|天竺牡丹《てんじくぼたん》と各々《めいめい》手にとり別けて出かける。柿の木の下から背戸へ抜け槇屏《まきべい》の裏門を出ると松林である。桃畑梨畑の間をゆくと僅の田がある。その先の松林の片隅に雑木の森があって数多《あまた》の墓が見える。戸村家の墓地は冬青《もちのき》四五本を中心として六坪許りを区別けしてある。そのほどよい所の新墓《にいはか》が民子が永久《とわ》の住家《すみか》であった。葬《ほうむ》りをしてから雨にも逢わないので、ほんの新らしいままで、力紙《ちからがみ》なども今結んだ様である。お祖母さんが先に出でて、
「さア政夫さん、何もかもあなたの手でやって下さい。民子のためには真《ほん》に千僧の供養にまさるあなたの香花《こうげ》、どうぞ政夫さん、よオくお参りをして下さい……今日は民子も定めて草葉の蔭で嬉しかろう……なあ此人にせめて一度でも、目をねむらない民子に……まアせめて一度でも逢わせてやりた
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