かった……」
三人は眼をこすっている様子。僕は香を上げ花を上げ水を注いでから、前に蹲《つくば》って心のゆくまで拝んだ。真《しん》に情ない訣だ。寿命で死ぬは致方ないにしても、長く煩《わずら》って居る間に、あア見舞ってやりたかった、一目逢いたかった。僕も民さんに逢いたかったもの、民さんだって僕に逢いたかったに違いない。無理無理に強《し》いられたとは云え、嫁に往っては僕に合わせる顔がないと思ったに違いない。思えばそれが愍然《あわれ》でならない。あんな温和《おとな》しい民さんだもの、両親から親類中かかって強いられ、どうしてそれが拒まれよう。民さんが気の強い人ならきっと自殺をしたのだけれど、温和しい人だけにそれも出来なかったのだ。民さんは嫁に往っても僕の心に変りはないと、せめて僕の口から一言いって死なせたかった。世の中に情ないといってこういう情ないことがあろうか。もう私も生きて居たくない……吾知らず声を出して僕は両|膝《ひざ》と両手を地べたへ突いてしまった。
僕の様子を見て、後に居た人がどんなに泣いたか。僕も吾一人でないに気がついてようやく立ちあがった。三人の中の誰がいうのか、
「なんだって
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