…。来月から千葉の中学へ行くんじゃないか」
民子は年が多いし且《かつ》は意味あって僕の所へゆくであろうと思われたと気がついたか、非常に愧《は》じ入った様子に、顔真赤にして俯向《うつむ》いている。常は母に少し位小言云われても随分だだをいうのだけれど、この日はただ両手をついて俯向いたきり一言もいわない。何の疚《やま》しい所のない僕は頗《すこぶ》る不平で、
「お母さん、そりゃ余り御無理です。人が何と云ったって、私等は何の訣もないのに、何か大変悪いことでもした様なお小言じゃありませんか。お母さんだっていつもそう云ってたじゃありませんか。民子とお前とは兄弟も同じだ、お母さんの眼からはお前も民子も少しも隔てはない、仲よくしろよといつでも云ったじゃありませんか」
母の心配も道理のあることだが、僕等もそんないやらしいことを云われようとは少しも思って居なかったから、僕の不平もいくらかの理はある。母は俄《にわか》にやさしくなって、
「お前達に何の訣もないことはお母さんも知ってるがネ、人の口がうるさいから、ただこれから少し気をつけてと云うのです」
色青ざめた母の顔にもいつしか僕等を真から可愛がる笑みが
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