て、失神するほどの思いであれど、今目の前で母の嘆きの一通りならぬを見ては、泣くにも泣かれず、僕がおろおろしている所へ兄夫婦が出てきた。
「お母さん、まアそう泣いたって仕方がない」
 と云えば母は、かまわずに泣かしておくれ泣かしておくれと云うのである、どうしようもない。
 その間で嫂が僅《わずか》に話す所を聞けば、市川の某《それがし》という家で先の男の気性も知れているに財産も戸村の家に倍以上であり、それで向うから民子を強《た》っての所望、媒妁人《なこうど》というのも戸村が世話になる人である、是非やりたい是非往ってくれということになった。民子はどうでもいやだと云う。民子のいやだという精神《こころ》はよく判っているけれど、政夫さんの方は年も違い先の永いことだから、どうでも某の家へやりたいとは、戸村の人達は勿論親類までの希望であった。それでいよいよ斎藤のおッ母さんに意見をして貰うということに相談が極り、それで家のお母さんが民子に幾度意見をしても泣いてばかり承知しないから、とどのつまり、お前がそう剛情はるのも政夫の処へきたい考えからだろうけれど、それはこの母が不承知でならないよ、お前はそれでも今
前へ 次へ
全73ページ中57ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊藤 左千夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング