あなたが居なくなってからはまるで泣きの涙で日を暮らして居るんだもの、政夫さんに手紙をやりたいけれど、それがよく自分には出来ないから口惜しいと云ってネ。私の部屋へ三晩も硯《すずり》と紙を持ってきては泣いて居ました。お民さんも始まりは私にも隠していたけれど、後には隠して居られなくなったのさ。私もお民さんのためにいくら泣いたか知れない……」
見ればお増はもうぽろぽろ涙をこぼしている。一体お増はごく人のよい親切な女で、僕と民子が目の前で仲好い風をすると、嫉妬心《しっとしん》を起すけれど、もとより執念深い性でないから、民子が一人になれば民子と仲が好く、僕が一人になれば僕を大騒ぎするのである。
それからなおお増は、僕が居ない跡で民子が非常に母に叱られたことなどを話した。それは概略こうである。意地悪の嫂《あによめ》が何を言うても、母が民子を愛することは少しも変らないけれど、二つも年の多い民子を僕の嫁にすることはどうしてもいけぬと云うことになったらしく、それには嫂もいろいろ言うて、嫁にしないとすれば、二人の仲はなるたけ裂く様な工夫をせねばならぬ。母も嫂もそういう心持になって居るから、民子に対する仕
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