意地悪く何とも言わない。僕は帰り早々民子のことを問うのが如何にも極り悪く、そのまま例の書室を片づけてここに落着いた。しかし日暮までには民子も帰ってくることと思いながら、おろおろして待って居る。皆が帰っていよいよ夕飯ということになっても民子の姿は見えない、誰もまた民子のことを一言も言うものもない。僕はもう民子は市川へ帰ったものと察して、人に問うのもいまいましいから、外の話もせず、飯がすむとそれなり書室へ這入ってしまった。
 今日は必ず民子に逢われることと一方ならず楽しみにして帰って来たのに、この始末で何とも言えず力が落ちて淋しかった。さりとて誰にこの苦悶《くもん》を話しようもなく、民子の写真などを取出して見て居ったけれど、ちっとも気が晴れない。またあの奴民子が居ないから考え込んで居やがると思われるも口惜《くや》しく、ようやく心を取直し、母の枕元へいって夜遅くまで学校の話をして聞かせた。
 翌《あ》くる日は九時頃にようやく起きた。母は未だ寝ている。台所へ出て見ると外の者は皆また山へ往ったとかで、お増が一人台所片づけに残っている。僕は顔を洗ったなり飯も食わずに、背戸の畑へ出てしまった。この秋
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