らば、再度《ふたたび》思う人に逢われることと工夫をしたのであるが、吾々二人は妻戸一枚を忍んで開けるほどの智慧《ちえ》も出なかった。それほどに無邪気な可憐な恋でありながら、なお親に怖《お》じ兄弟に憚り、他人の前にて涙も拭き得なかったのは如何に気の弱い同志であったろう。
僕は学校へ行ってからも、とかく民子のことばかり思われて仕方がない。学校に居ってこんなことを考えてどうするものかなどと、自分で自分を叱り励まして見ても何の甲斐もない。そういう詞の尻からすぐ民子のことが湧いてくる。多くの人中に居ればどうにか紛れるので、日の中はなるたけ一人で居ない様に心掛けて居た。夜になっても寝ると仕方がないから、なるたけ人中で騒いで居て疲れて寝る工夫をして居た。そういう始末でようやく年もくれ冬期休業になった。
僕が十二月二十五日の午前に帰って見ると、庭一面に籾《もみ》を干してあって、母は前の縁側に蒲団《ふとん》を敷いて日向ぼっこをしていた。近頃はよほど体の工合もよい。今日は兄夫婦と男とお増とは山へ落葉《くず》をはきに行ったとの話である。僕は民さんはと口の先まで出たけれど遂《つい》に言い切らなかった。母も
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