」
奥底のないお増と意地曲りの嫂とは口を揃えてそう云ったに違いない。僕等二人はもとより心の底では嬉しいに相違ないけれど、この場合二人で山畑へゆくとなっては、人に顔を見られる様な気がして大いに極りが悪い。義理にも進んで行きたがる様な素振りは出来ない。僕は朝飯前は書室を出ない。民子も何か愚図愚図して支度もせぬ様子。もう嬉しがってと云われるのが口惜しいのである。母は起きてきて、
「政夫も支度しろ。民やもさっさと支度して早く行け。二人でゆけば一日には楽な仕事だけれど、道が遠いのだから、早く行かないと帰りが夜になる。なるたけ日の暮れない内に帰ってくる様によ。お増は二人の弁当を拵《こしら》えてやってくれ。お菜はこれこれの物で……」
まことに親のこころだ。民子に弁当を拵えさせては、自分のであるから、お菜などはロクな物を持って行かないと気がついて、ちゃんとお増に命じて拵えさせたのである。僕はズボン下に足袋《たび》裸足《はだし》麦藁帽《むぎわらぼう》という出で立ち、民子は手指《てさし》を佩《は》いて股引《ももひき》も佩いてゆけと母が云うと、手指ばかり佩いて股引佩くのにぐずぐずしている。民子は僕のとこ
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